微分多様体


1.スカラーとベクトル

 ハウスドルフ位相空間 M において、M の点 s の開近傍から n次元ユークリッド半空間:

(1-1)  Rn+ º { ξ=(x¹ , x² , ¼ , xn )ÎRn | xn ³ 0 }

の開集合への位相同型写像 x が与えられたとき、これを s局所座標といい、その定義域に属す点 s' に対する x(s')s'座標といいます。なお、(1-1)ξ の成分の右肩に転置を意味する が付いていますが、これは Rn の元を列ベクトルとみなしていることによるものです。
 局所座標からなる集合 { xi | Ι } で、それらの定義域の合併が M を覆うものを M座標系といいます。座標系から任意に選んだ2つの局所座標 x, x' に対して、それらの定義域が共通部分を持てば x' ° x-1Rn+ の開集合から Rn+ の開集合への写像となりますが、これらがすべて滑らか、すなわち無限回微分可能であるとき、この座標系は M微分構造を導入するといいます。

 ある座標系が M に微分構造を導入しているとき、M の点 s の近傍で定義された実関数 fs で滑らかであるとは、s を定義域に含む局所座標 x に対して fx º f ° x-1Rn+ における x(s) のある近傍で滑らかであることをいいます。M で定義され、すべての点で滑らかな関数を Mスカラー場といい、その全体を E(M) と書くことにします。E(M) は代数でいうところのになっています。

 また、任意の sÎM に対し、s のある近傍で定義された実関数 f に対し、局所座標 x を取り、s のある近傍 Ufx も共に定義されているようにすることができます。
 ここで正数 e を、|ξ - x(s)|£e Þ ξÎx(U) となるように取り、

(1-2)  j(t) = ì
ï
í
ï
î
 exp ì
í
î
æ
è
e
—–
3
- t ö
ø
-1

 
æ
è
t - 2e
—–
3
ö
ø
-1

 
ü
ý
þ
        æ
è
e
—–
3
< t < 2e
—–
3
ö
ø

  0       ( それ以外 )

(1-3)  c(t) =   ò ¥

t
j(t) dt       ( t³0 )
——————
  ò ¥

0
j(t) dt

(1-4)  f(s') = ì
í
î
 f(s') c( | x(s') - x(s) | )       (s'ÎU のとき )

    0       (
それ以外 )

と置けば、c(t) はなめらかで、t£e/3 で恒等的に 1t³2e/3 で恒等的に 0 ですから、s のある近傍で f = f であり、かつ fÎE(M) です。なぜなら、U におけるなめらかさは明らかですし、s'U に属さないときは、

(1-5)  K = { ξÎRn+ | |ξ - x(s)| £ 2e / 3 }

と置くと、x-1(K)s' を含まないコンパクト集合なので、M のハウスドルフ性により、これは M の閉集合です。したがって fs' の近傍である K の補集合上で恒等的に 0 ですから当然なめらかです。

 さて、M の2つの座標系 {xi|Ι}{yk|Κ} は、同一の E(M) を与えるとき同値であると言います。両者が同値であるための必要十分条件は、xi ° yk-1 及び yk ° xi-1 がすべて滑らかであることです。
 実際、f ° yk-1 = ( f ° xi-1) ° (xi ° yk-1) ですから十分性は明らかです。
 必要性については、yk の第 i 成分は、上で示したことにより、M 全体に滑らかな関数 yk i に拡張でき、しかも右から yk-1 を施すと滑らかですから、仮定により右から xi-1 を施しても滑らかです。これは yk ° xi-1 が滑らかであることを示しています。

 そこで、M と、ある微分構造を導入する座標系により作られた E(M) の組 (M, E(M))n次元多様体といいます。E(M) がわかっている場合は、単に M を多様体とよぶこともあります。
 多様体 M で定義された局所座標 x は、E(M) を構成した座標系 {xi|Ι} に対して x ° xi-1xi ° x-1 も滑らかであるとき、M両立する局所座標、あるいは単に M の局所座標と呼ぶことにします。この定義は、明らかに E(M) を構成した座標系の取り方に依存しません。

 U を多様体 M の開集合とするとき、E(M) を構成した座標系 {xi|Ι} のそれぞれの定義域を U に制限したものは、U の座標系になります。この座標系から E(U) を構成すると、(U, E(U)) も多様体になります。

 さて、sÎM に対し、E(M) 上の実線形汎関数 v

(1-6)  v( fg) = f(s) vg + g(s) vf

を満たすとき、この vs における接ベクトルといい、s における接ベクトルの全体を TsM と書くことにします。
 fÎE(M)s のある近傍 U 上で一定値 c をとれば

(1-7)  vf = 0

が成り立ちます。実際、s の近くで定義された恒等的に 1 という関数から (1-4) のようにして定義した関数 1 は、E(M) に属し、かつ U の外で 0 です。f1 º c1f(s) = c , 1(s) = 1 ですから、v の線形性と (1-6) により、

(1-8)  cv1 = v(c1) = v( f1) = f(s) v1 + 1(s) vf = cv1 + vf

となって (1-7) が示されました。このことから、2つのスカラー場 f, f'sÎM の近傍で一致すれば、スカラー場 f - f' に対して (1-7) を適用することにより、

(1-9)  vf = vf'

が成り立つことがわかります。
 次に fM の点 s のある近傍 U のみで定義された滑らかな関数とします。(1-4) のような fÎE(M) を取り、vÎTsM の定義を拡張して、f に対しても

(1-10)  vf = vf

と定義すれば、これは f の定義の仕方に依存せず一意的に定まります。なぜなら別の拡張 f ° を取ると、s の近傍で f = f ° となるので (1-9) により両者に対する (1-10) の右辺は一致するからです。また、fgs の近傍で fg に一致しますから、

(1-11)  v( fg) = v( fg) = f(s) vg + g(s) vf = f(s) vg + g(s) vf

が成り立ちます。

 次に、E(M) からそれ自身への線形写像 D のうち、

(1-12)  D( fg) = fDg + gDf

を満たすものを Mベクトル場と呼び、その全体を X(M) と書くことにします。X(M) は代数でいうところの E(M)-加群になっています。DÎX(M)sÎM に対し、Ds

(1-13)  Ds f = (Df )(s)       ( fÎE(M) )

で定義すると、(1-12) により、Ds(1-6) を満たすので接ベクトルです。そこでこれを Ds における接ベクトルと呼ぶことにします。
 DÎX(M)UM の開集合とするとき、fÎE(U) に対する演算子 DU

(1-14)  (DU f )(s) = Ds f       ( fÎE(U) , sÎU )

で定義します。(1-14) の右辺は s の滑らかな関数ですから、DU fÎE(U) であることがわかります。また Ds が接ベクトルであることから、

(1-15)  DU( fg)(s) = f(s)DU g(s) + g(s)DU f(s)

が成り立つので、DU(1-12) を満たし、DU ÎX(U) となることがわかります。また (1-13),(1-14) により、U 上で

(1-16)  DU f = Df       ( fÎE(M) )

が成り立ちます。

 さて、ベクトル場の具体例をあげましょう。xM の局所座標とします。x の定義域を改めて M と書けば、xM 全域で定義されていると仮定してよいことがわかります。さて、in次元ユークリッド空間における第 i 変数による微分を表し、¶/¶xi

(1-17)  f
——
xi
º
——
xi
 f º ¶i( f ° x-1) ° x       (  fÎE(M) )

で定義すれば、

(1-18)  ( fg) 
——–
xi
= ¶i{( f ° x-1)(g ° x-1)} ° x
= {( f ° x-1)i(g ° x-1) + (g ° x-1)i( f ° x-1)} ° x

= f {i(g ° x-1) ° x} + g {i( f ° x-1) ° x}
 
= f g 
——
xi
+ g f 
——
xi
          ( f, gÎE(M) )          

なので、ベクトル場になっていることがわかります。特に f = xj と置けば、xj ° x-1 はユークリッド空間の第 j 成分を取り出す関数ですから、

(1-19)  xj
——
xi
= dij

が成り立ちます。

 さて、一般の接ベクトルやベクトル場というのはどんな形をしているのでしょうか。xsÎM の局所座標とし、必要なら M の開集合を改めて M と書くことにより、xM 全域で定義され、かつ x(M) は凸集合と仮定できます。fÎE(M)s, s'ÎM を任意に取り ξ = x(s)ξ' = x(s') と置けば、

(1-20)  f(s') - f(s)
= ( f ° x-1)(ξ') - ( f ° x-1)(ξ)

= ò 1


0
d
—–
 d
t
{( f ° x-1)(ξ + t(ξ'-ξ))}dt
=  n
å
i=1
(x' i - xi) ò 1

0
i( f ° x-1)(ξ + t(ξ' - ξ))dt
=  n
å
i=1
(xi(s') - xi)gi(s')

 ただし、

(1-21)  gi(s') = ò 1

0
i( f ° x-1)(x(s) + t(x(s') - x(s)))dt

と置いています。特に s's を代入すれば、

(1-22)  gi(s) = ¶i( f ° x-1)(x(s)) = f 
——
xi
(s)

となります。また (1-20) は両辺を s' の関数とみなすと、

(1-23)  f - f(s) =  n
å
i=1
(xi - xi)gi

と書くことができます。

 さて、任意の vÎTsM を取ります。v(1-23) の両辺に施し、

(1-24)  (xi - xi)(s) = 0

(1-22) を用いれば、

(1-25)  vf =  n
å
i=1
{ (xi - xi)(s) vgi + gi(s) v(xi - xi) } =  n
å
i=1
f 
——
xi
(s) vxi =  n
å
i=1
(vxi ) æ
è
 
——
xi
ö
ø
s  f

ですから、v

(1-26)  v =  n
å
i=1
 vi æ
è
 
——
xi
ö
ø
s    ( vi = vxi

と書けることがわかります。(1-26) の右辺が 0 なら、関数 xi(1-26) の右辺を施して (1-19) を使うことにより、vi = 0 となるので、(1-26) の右辺に出てくる各接ベクトルは一次独立です。したがって TsMn次元ベクトル空間であることがわかります。また、(1-26)vi ( i=1,¼,n ) を局所座標 x による v成分表示と言います。

 次はベクトル場 DÎX(M) です。まず局所座標 xM 全域で定義されている場合を考えます。D(1-23) に施すと、

(1-27)  Df =  n
å
i=1
{ (xi - xi)Dgi + giD(xi - xi) }

 変数に s を代入し、(1-22),(1-24) を用いると、

(1-28)  Df(s) =  n
å
i=1
f 
——
xi
(s) Dxi(s)

 s は任意ですから、

(1-29)  Df =  n
å
i=1
f 
——
xi
Dxi 

 さらに f も任意ですから、これは、D 自身が

(1-30)  D =  n
å
i=1
 Di  
—–
xi
      ( Di º Dxi )

と表されることを意味しています。(1-30)xi に施せば、(1-19) により Di = Dxi が成り立ちますから、この表示式は一意的に定まります。(1-30)Di ( i=1,¼,n ) を、局所座標 x による D成分表示と言います。
 次に局所座標 x が必ずしも M 全体で定義されていない場合を考えます。x の定義域を U とすると、DU については (1-30) が成り立ちますから、(1-16) により、U 上で

(1-31)  Df =  n
å
i=1
 Di f 
——
xi
      ( fÎE(M) , Di º DU xi )

という表示が得られます。
 さて、2つの局所座標 x , x' が与えられたとし、両者の定義域の交わりを U とします。D = ¶/¶x' j と置くと、

(1-32)  DU xi = xi
——
x' j

ですから、(1-31) を適用すれば、fÎE(M) に対し、U 上で

(1-33)  f  
——
x' j
=  n
å
i=1
xi
——
x' j
f 
——
xi

が成り立ちます。
 次に、1点 sDs = 0 であるような DÎX(M) は、

(1-34)  D =  n
å
i=0
hiDi      ( hiÎE(M) , hi(s) = 0 , DiÎX(M) )

と書けることを示しましょう。実際、s の近傍 U で定義された局所座標 x を取ると、任意の fÎE(M) に対し、U 上では (1-31) の表示が得られるので、(1-8) のような 1 を取ると、

(1-35)  Df = {1 - (1)²}Df + (1Df = {1 - (1)²}Df +  n
å
i=1
1 Di 1 f 
——
xi

と書けるので、h0 = 1 - (1D0 = Dhi = 1 DiDi = 1 ¶/¶xi ( i=1,¼,n ) と置けば (1-34) の形になります。あとは、(1-35)f = 1 xi とおき、s を代入すれば、

(1-36)  Df(s) = Di(s)

となるので、Df(s) = Ds f = 0 により hi(s) = 1(s)Di(s) = 0 がわかります。

 ところで、任意の sÎM と任意の vÎTsM に対し、

(1-37)  Ds = v

となるベクトル場 D が存在します。実際、v(1-26) の形に表して、s の局所座標を取り、Di = vi と置いて、(1-30)D を定義すればこれが求めるものです。なお、D は局所的にしか定義されていませんが、(1-8) のような 1 を取り、局所座標の定義域で 1 D 、それ以外で 0 として改めて D を定義し直せば、DÎX(M) で、かつ (1-37) が成立します。

 今度は M の各点 s に対して s の接ベクトル v(s) が与えられたとき、DÎX(M) が存在して Ds = v(s) が成り立つための条件を考えてみましょう。fÎE(M) に対し、

(1-38)  Df(s) = Ds f = v(s)f

ですから、任意の fÎE(U) に対し、(1-38) の右辺が s の関数として滑らかであることが、そのような D が存在するための条件になります。

 この節の最後にベクトル場の交換積を定義しましょう。ベクトル場 A , B に対し、スカラー場 f に対する演算子 [A, B] を、

(1-39)  [A, B] f º A(Bf) - B(Af)

で定義すると、

(1-40)  [A, B]( fg) = A(B( fg)) - B(A( fg))

= A( fBg + gBf ) - B( fAg + gAf )

= (Af )Bg + fA(Bg) + (Ag)Bf + gA(Bf ) - (Bf )Ag - f B(Ag) - (Bg)Af - gB(Af )

= f [A, B]g + g[A, B] f

が成り立ちますから [A, B] はベクトル場になっていることがわかります。これを AB交換積といいます。明らかに

(1-41)  [B, A] = - [A, B]

(1-42)  [A, A] = 0

(1-43)  [ fA, B] = f [A, B] - (Bf )A

(1-44)  [A, fB] = f [A, B] + (Af )B

が成り立ちます。また、

(1-45)  [A, [B, C]] = ABC - ACB - BCA + CBA

(A, B, C)(B, C, A) , (C, A, B) とサイクリックに入れ替えて辺々加えると、右辺はすべてキャンセルするので

(1-46)  [A, [B, C]] + [B, [C, A]] + [C, [A, B]] = 0

が得られます。最後に交換積を成分表示で表せば、

(1-47)  [A, B] =  n
å
i,j=1
 Ai  
——
xi
æ
è
 Bj  
——
xj
ö
ø
-  n
å
i,j=1
 Bi  
——
xi
æ
è
 Aj  
——
xj
ö
ø
=  n
å
i,j=1
æ
è
 Ai Bj
——
xi
- Bi Aj
——
xi
ö
ø
 
——
xj

となります。

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