力学や電磁気学などは、時間の向きを変えても基礎方程式の形は不変であり、その意味でこれらの理論は時間反転に対して不変な理論です。ところが現実の世界の現象は、「覆水盆に返らず」の諺に代表されるような、非可逆なプロセスに満ちています。この非可逆な現象を定式化し、その性質を調べるのが熱・統計力学です。
さて、熱・統計力学では、考察する系 s に対して熱力学的状態(以下単に状態とよびます)の集合 (
s)aÎΣ(
s)
また (
s)a を始点、状態 b を終点とする断熱過程 C が存在するとき a は b に断熱的に変化可能であるといって a £ b£”は明らかに擬順序になりますが、可逆な断熱過程というものもありうるので、順序になる、すなわち a £ b ,
b £ aÞ a = b
さて、状態 a は、操作可能な自由度とそうでない自由度を持つものとし、前者をまとめて x と書き、この各変数を本稿では仮に操作可能な変数とよび、後者をまとめて λ
と書き、その各変数を仮に操作不能な変数とよぶことにしましょう。
ただしここで、変数群 x が操作可能であるとは、任意の状態 a º s(x, λ)
d
x に対し、a から a'
º s(x
+dx, λ')λ
' が存在するということを意味します。
以下、これら変数の組で定まる状態のことを s(x, λ)
さらに、系 s が操作可能な変数 x と操作不能な変数 λ
を持ち、系 s'
が操作可能な変数 x' と操作不能な変数 λ
' を持つとき、s と s'
の合成系とよばれる系 s+s'
(x, x')
(λ, λ')
(
s+s')((x, x'), (λ, λ'))a º s(x, λ)
b º s'(x', λ')
a+b
以上の準備のもとで、まず次の法則を仮定します:
|
任意の状態に対し、内部エネルギーとよばれる状態変数 U が存在し、2つの状態 |
この中で、各 s(x, λ)
® s'(x', λ')d'
Wd'
Q
(W) d'Wxi |
(Q) d'Q |
で定義すると、明らかに
(T) dUQ |
が成り立ち、(E)
は d'
Q = 0d'
Wd'
Qd'
Wd'
Q
さて、熱・統計力学では更に、系 s において、操作可能な変数の値 x と実数 u が与えられ、(
s(x, λ)) = us(x, λ)
(
s, x, u)(
s, x, u)£ に関する最大値 s(x, λx,u)
º max Σ(s, x, u)
また、2つの平衡状態 a º s(x, λx, u)
b º s'(x', λ'x', u')
a+b(
s+s', (x, x'), u+u')
さて、熱・統計力学では第1法則に加えて更に次の法則を仮定します:
|
任意の状態に対し、エントロピーとよばれる状態変数 S が存在し、2つの状態 |
本稿では以上の仮定のもとで、まず最初に温度を初めとするいくつかの熱力学的諸関数を定義し、それらの性質を調べます(第1節〜第3節)。
さて、上記の2法則のうち、第1法則は、内部エネルギーという概念が存在することを主張するもので、力学にも電磁気学にもエネルギーという概念が存在することから、比較的馴染みやすい法則です。ところがこれに対し、第2法則にはエントロピーという馴染みのない概念が含まれています。この概念を、より根源的な概念に還元することはできないでしょうか。
一つの方法は、エントロピーの概念を含まないKelvinの
原理とよばれる原理からエントロピーの存在を導く手法で、この手法を第4節で紹介します。このような議論を熱力学とよぶことがありますが、平衡状態(およびそれらの有限個の合成状態)に対するエントロピーの存在しか保証されなかったり、そもそもKelvin
の原理自体が力学や電磁気学から導出できるわけではないので、根源的な還元にはなりません。
そこで、確率論の考え方を導入して直接エントロピーを具体的に定義する方法が研究され、統計力学とよばれています。これには古典論をベースにしたBoltzmann
のエントロピーと、量子論をベースにした量子論的エントロピーを用いる理論があり、前者を第5節と第6節で、後者を第7節以降で解説します。