熱・統計力学


6.Boltzmannのエントロピー

 本節では、前節で導入した相対エントロピーを用いて第2法則を満たす熱・統計力学のエントロピーを定義しましょう。

 2つの独立な混合系 AB があり、粒子 (i) のアプリオリ確率ベクトルがそれぞれ q(i)q' (i) で与えられたとき、ミクロな状態がそれぞれ N(i)N'(i) で与えられる確率 P(N(1), N(2), ¼ ; N' (1), N' (2), ¼) は、(5-34) の確率を使って

(6-1)  P(N(1), N(2), ¼ ; N' (1), N' (2), ¼) = P(N(1), N(2), ¼) P'(N'(1), N'(2), ¼)

で与えられます。ただし、系 B に対するものを P' で表わしました。ゆえにこの対数を取ると、

(6-2)  log P(N(1), N(2), ¼ ; N' (1), N' (2), ¼) = log P(N(1), N(2), ¼) + log P'(N'(1), N'(2), ¼)

となります。(5-35) によれば、これは相対エントロピーに比例し、しかも第0節の加法性 (S) を満たすので、これを熱・統計力学のエントロピーの定義にすればよさそうですが、3つの問題があります。

 その一つは符号の問題で、確率 P(N(1), N(2), ¼)1以下であるため、その対数は常に負となり、エントロピーが常に負になってしまうことです。これは矛盾ではありませんが、常に負の値を取る物理量というのも違和感があります。そこで、アプリオリ確率 qi がすべて等しくなるように分割 Ωi を取り直すことにすれば、(5-2)

(6-3)  P(N) = W(N) 
——–
nN
      (  W(N) =  N! 
—————
N1!N2!¼Nn
!
  )

と書け、(5-34)(6-1)W の式として書き換えれば、

(6-4)  W(N(1), N(2), ¼) = W(N(1)) W(N(2)) ¼

(6-5)  W(N(1), N(2), ¼ ; N' (1), N' (2), ¼) = W(N(1), N(2), ¼) W'(N'(1), N'(2), ¼)

となり、W(N) ³ 1 ですから、P のかわりに W を用いることで、符号の問題は解消します。また、(5-11) に代わって

(6-6)  log W(N)
————
N
= S(  N
—–
 N
) + e(N)

が成り立ちます。ただし

(6-7)  S( p) = -  n
å
i=1
pi log pi

は確率ベクトル p に対するShanonの)エントロピーです。また、(5-35) に対応する式は

(6-8)  log W(N(1), N(2), ¼)
————————
 N 
=  N(1)
——
 N 
S(  N(1)
——
 N(1)
) +  N(2)
——
 N 
S(  N(2)
——
 N(2)
) + ¼ + e(N(1), N(2), ¼)

となります。

 さて、符号の問題は解決しましたが、2つめの問題は数値の大きさについてです。Shanonのエントロピー (6-7) の数値や粒子数の比率 N(i)/N は通常の大きさですから、(6-8) によれば、log W(N(1), N(2), ¼)N のオーダーとなり、一般にマクロなスケールの物資を構成する粒子の個数 N は非常に大きく、12gの炭素 12C を構成する原子の個数の場合、6.0221367 ´ 1023Avogadro数)という巨大な数値になります。そこでこれにAvogadro数の逆数のオーダーを持つBoltzmann定数とよばれる定数 k = 1.380658 ´ 10-23[J/K] を乗じて、Boltzmannのエントロピー S

(6-9)  S º k log W(N(1), N(2), ¼)

で定義します。なお k の値は、実用上の利便性のために、大気圧下での水の沸点と氷点の温度の差が100K(=ケルビン)になるように定めたものです。

 最後に3つ目の問題は、S の引数の問題です。(6-9) の右辺に現れる系のミクロな状態を表わす変数 N º (N(1), N(2), ¼) は、第0節における系の自由度そのものではありません。系の自由度というのは、操作可能であるものも不能であるものも併せて、前節で考えた物理量 Aj ( j = 1 ,¼, m ) の観測値 a º (aj)j=1,¼,m がそれに該当します。そこで、前節の統計的相対エントロピー最大の原理に従って、物理量の観測値 a に対し、

(6-10)  Ω(a) º { N | Aj(N) = aj   ( j = 1 ,¼, m ) }

と置くとき、NÎΩ(a) に対する相対エントロピー S(N/N | q ) を最大にする N に対する (6-9) の右辺を a におけるエントロピーとよんで S(a) と書くことにします。
 明らかに、(6-5) により、Boltzmannのエントロピーについて加法性 (S) が成り立ちます。

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