「古代ギリシア祭文」の史料批判


1.「古代ギリシア祭文」とは?

 『東日流外三郡誌』をはじめとする、いわゆる和田家文書の真贋論争の一つに「古代ギリシア祭文」問題というものがあります。

 これは、和田家文書の一つである『丑寅風土記全六ノ第四巻』のなかに、「古代ギリシア祭文」というタイトルで唱題不詳と断り書きのある三つの韻文があるのですが、古田武彦氏が平成3年6月に神戸で行われた講演でこの発見を紹介したところ、聴講していた水野孝夫さんという方が、ブルフィンチ作、野上弥生子訳による『ギリシャ・ローマ神話』の中に、この祭文の第一と第二にそっくりな部分があることを指摘した、ということに始まります。

 季刊『邪馬台国』誌が、1993年発行の第52号で、この事実と、更にその筆跡が文書提供者である和田喜八郎氏の筆跡とそっくりであることを指摘したところ、古田史学を支持する会の発行する『新・古代学』という雑誌の第1集で、この指摘に対する古田氏による反論がありました。『ギリシア祭文の反証−奇想天外の「偽作説」』というタイトルの論文です。

 その後の季刊『邪馬台国』誌では、この反論を取るに足らないとして一蹴し、筆跡に関する証拠を挙げるのみで、具体的な再反論は特になかったのですが、ここで香川大学田村道美さんという方が、古田氏の反論は成立せず、それどころか『丑寅風土記全六ノ第四巻』の方が『ギリシャ・ローマ神話』を剽窃したものであるという決定的な証拠を提示し、この問題は事実上決着しました。
 それは、香川大学教育学部研究報告 第T部 第99号 に掲載された「野上弥生子訳『ギリシア・ローマ神話』と「古代ギリシャ祭文」」という論文で、全36ページの大作です。以下は、若干の補足説明を交えた、この論文の内容の紹介です。

 なお予めお断りしておきますが、本稿の内容についての責任は、すべて論文内容の紹介者である私にあります。従って、以下の論旨や事実認識について疑問点が見つかった場合は、私の理解不足や誤読の可能性もありますので、田村氏の原論文を直接お読みいただいた上で再度確認されることをお勧めします。

2.「ギリシア祭文」と『ギリシャ・ローマ神話』の比較

 まず、問題の「ギリシア祭文」の第一、第二、第三と、最初の2つにそっくりであると指摘された『ギリシャ・ローマ神話』の当該部分を一覧表にしておきましょう:

「ギリシア祭文」対応する『ギリシャ・ローマ神話』の部分
心清らかに罪無く科無く人の世を渡るは幸なる哉
さる人の胸を刺す復讐はえふれじ
安らけく生命の道を行べし
さあれ窃かになる虐殺をなせし者にこそ禍あれ
我等夜の怖しき眷族はその全身を掴まん
飛べばとて脱がれ得べきや
追ふにこそいよいよ速き我等なれ
蛇はその足にからみて地に倒すべし
追ふて渡れず憐れみて止むるものなし
絶ず生命の果てまで泰平を休みをも得こそやらじ云々
心清らに罪なく科なき人は幸いなる哉。
さる人には我等復讐はえふれじ。
安らかに生命の道を行くべし。
さあれ竊かなる虐殺をなせし者にこそ禍あれ。
われ等「夜」のおそろしき眷族はその全身をつかまん。
飛べばとてのがれ得べきや。
追うにこそいよよ速きわれ等なれ。
蛇はその足にからみて地に倒すべし。
追うて疲れず、憐れみの止むるものなし。
たえず生命の果まで、平和をも休みをも得こそやらじ云々
天と空と地の主よ
おお王よ
おお父よ
我が卑しき祈祷を聴き給へ
この雲を散じて天なる光を返し給へ
物見るを得さしめ給はばアイアスの願ひは足れり
とても滅ぶるべくギリシアならばやそれもよし
さあれ天日の前にこそ滅ぼしめ給へ
・・・・地と空の主よ。
おお王よ。
おお父よ。
わが卑しき祈祷を聴き給え。
この雲を散じて、天なる光を返し給え。
物見るを得しめ給わば、アイアスの願いは足れり。
とても滅ぶべきギリシアならば、それもよし。
さあれ天日の前にてこそ滅びさせ給え。
宇宙創造の神カオスよ
天空の神ウラノスよ
大地を創りしガイアよ
海を創りし神ポントスよ
人を造りしプロメテウスよ
生々萬物を造りしエピメテウスよ
救への女神アテナよ
神々の王ゼウスよ
正義の女神テミスよ
純潔の女神アストライアよ
水の神ポセイドンよ
水を抜けるパルナツソスの山神よ
貝の神トリトンよ
時の神デウカリオンよ
オリユンポス山なる十二神
願はくば我が唱えし祭文に聴きて
四衆の悪なすものを消滅なさしめ給へ
吾が願ひは今に唱へし神より他あらず
茲に請願申奉る
( 対応箇所ナシ )

 以上です(ただし改行位置は変えてあります)。一もニもそれぞれそっくりで、どちらかがどちらかを剽窃したことは明らかです。

 水野氏は当然のことながら、「ギリシア祭文」の方が『ギリシャ・ローマ神話』を剽窃したものと考え、従って和田家文書が偽書であることの証拠とみなしたわけです。常識的で当然の判断といえます。
 ところが、古田氏は逆だと主張したのです。すなわち『ギリシャ・ローマ神話』の方が『丑寅風土記全六ノ第四巻』の「ギリシア祭文」をコピーして書かれた、と考えたのです。その理由は、既に冒頭で紹介したとおりなのですが、その議論を吟味する前に、『ギリシャ・ローマ神話』には対応する箇所が見当たらないという「ギリシア祭文」の三を分析を先に行うことにしましょう。

3.「ギリシア祭文」三も剽窃だった

 「ギリシア祭文」第三を、後の便宜のために全体を A, B, C の3つの部分に分け、更に一行ごとにラベルを付けておきましょう。

Aa 宇宙創造の神カオスよ
b 天空の神ウラノスよ
c 大地を創りしガイアよ
d 海を創りし神ポントスよ
Be 人を造りしプロメテウスよ
f 生々萬物を造りしエピメテウスよ
g 救への女神アテナよ
h 神々の王ゼウスよ
i 正義の女神テミスよ
j 純潔の女神アストライアよ
k 水の神ポセイドンよ
l 水を抜けるパルナツソスの山神よ
m 貝の神トリトンよ
n 時の神デウカリオンよ
Co オリユンポス山なる十二神
p 願はくば我が唱えし祭文に聴きて
q 四衆の悪なすものを消滅なさしめ給へ
r 吾が願ひは今に唱へし神より他あらず
s 茲に請願申奉る

 この「祭文三」は、一やニと違って『ギリシャ・ローマ神話』の中にそっくりな部分があるわけではありません。しかし、そもそもこの祭文には一見して奇異な点がいくつかあり、水野氏は次の点を指摘されました。

 祭文は、神々の名前を並べて「四衆の悪なすものを消滅させよ」と神々に当然の仕事を果たすようにとの祈りであって、こんな祈りをささげる人間がギリシャには昔からいたのかと疑わしい。
 神々とおぼしい固有名を数えると、a のカオス、b のウラノスから始まって n のデウカリオンまで、全部で14柱ある。ところが次の o では「オリユンポス山なる十二神」とあり、数が合わない。
 ゼウスは神々の王であるが、カオス、ウラノス、ガイア、ポントス、テミスはいわゆる古神であり、ゼウスとは世代が違う。
 ゼウスの朝廷に居並ぶ12神なら、アテナ(ゼウスの娘)、ポセイドン(ゼウスの弟)はよいとして、(中略)ヘルメス、アフロデイア、アポロン、ヘラなどを含まないのが不可解である。
 トリトンは「貝の神」とあるが、神話ではこんな表現はない。
 デウカリオンは神々が地上を洪水で滅ぼした時に、妻とただ二人生き延びた人類の祖先であって、「時の神」のはずはない。

 これらの中で、特に5と6はよく覚えておいてください。あとで田村道美氏による“種明かし”がされる重要なポイントとなる部分なのです。

 水野氏の疑いに対し、古田氏は例によって和田家文書を弁護する解釈を提示されました。すなわち「オリュンポス十二神」という「定型」が成立するまで、それ以前に幾多のワンセットの神々があり、それらの中から最終定型として「オリュンポス十二神」が成立し、最高権威となったのであろう、そしてこの祭文中の十四神は権威が誕生する以前のセットの一つを示すものだろう、というのです。

 これに対し、田村氏は、そもそもこの祭文が秋田孝季がギリシャの古老から聞いたものを書き留めたということになっているはずなのに、その天明年間(1781〜1788)の時点でまだ「オリュンポス十二神」が成立していなかったという信じがたいことになる、と疑問を呈しており、全く同感です。確かに古田氏の「解釈」はいかにも取ってつけた解釈で、かえって不自然さを増強してしまいます。

 さて、水野氏は「さてギリシア祭文の(三)であるが、これは岩波の『ギリシア・ローマ神話』には現れない。」と述べられ、古田氏も「弥生子訳には全く出現せぬ「三」の祭文」と述べておられるのですが、田村氏は、実はこの「祭文三」もまた弥生子訳『ギリシア・ローマ神話』のある部分をそのまま書き写したり、表現を買えたり、或いは誤読したりして出来上がったものであることを発見されたのです!

 『ギリシア・ローマ神話』第二章の「プロメテウスとパンドラ」は、天地創造を叙した章で、カオスから神が天と地と海を造り出し、そのあとプロメテウスが人間を造り上げ、その弟エピメテウスはすべての動物に、勇氣や、力や、早さや、智慧などの賜物をさずけたために、人間には与えるものがなくなってしまう。そこでエピメテウスは困ってプロメテウスに相談すると、プロメテウスは女神アテナの助けを借りて、太陽の火を炬火に移し取って、それを人間に与えた、という内容のことが書いてあります。
 この記述を用いれば、「ギリシア祭文」三の B の部分の冒頭の

 e 人を造りしプロメテウスよ

 f 生々萬物を造りしエピメテウスよ

 g 救への女神アテナよ

の部分は書けることになります。

 しかもです。アテナは一般に知恵、豊饒・工芸・戦術等の女神とされており、同女神を「救いの女神」とする呼び方は聞いたことがありません。ところが、上述の『ギリシア・ローマ神話』第二章「プロメテウスとパンドラ」中の「女神アテナの助けを借りて」という表現をもとにして作られたものと考えれば納得できるものです。

 とはいえ、以上の考察は「助け」と「救へ」の違いがあるじゃないか、とか『ギリシア・ローマ神話』を読まないでも有名な天地創造神話からかけるじゃないか、という考えもあると思いますが、B の残りの部分に対する考察は、そのような疑念を吹き飛ばすものなのです。

 さて、『ギリシア・ローマ神話』の中には次の記述があります(ただし文字の強調は引用者):

 一番いけないのは鐵の時代でありました。罪惡は洪水の如く溢れました。温順も、眞理も、名譽も去ってしまいました。(中略)鐵と黄金を武器として戰爭が初まりました。客は友だちの家へ行っても身體が危うく、繼子や、繼母や、兄弟や姉妹や、夫や妻や、彼等は互いに信ずることができなくなりました。息子は相續を望んで父親の死を願いました。家族の愛はふみにじられました。地上は殺戮の血でぬらされました。そうしてついに神々は地上を見棄てるようになりました。無邪気と純潔の女神アストライアのみがただ一人殘っていましたが、最後に彼女もまた地上から去りました。アストライアはテミス(正義の女神)の娘で、彼女は地上を去ると星の間に行き、處女座という星座になりました。

 上記の引用中、太文字で強調した部分を用いれば、「ギリシア祭文」の B のうち次の部分:

i 正義の女神テミスよ

j 純潔の女神アストライアよ

は書けることになります。今度は「純潔の女神」「正義の女神」という表現が完全に一致しています。

 さらに、『ギリシア・ローマ神話』の中には次の記述があります(ただし文字の強調は引用者):

 すべての山々の中で、ただ一つパルナッソスの山だけが水をぬきんでて立っていました。そこにはプロメテウスと同種族のデウカリオンとその妻ピュラが避難しました。── 夫は正直な人間であり、妻もまた神々の忠實な信仰者でありました。ゼウスは、今は生きたものといってはこの夫婦のほかには誰もないことことを見ました。そうして二人の非難のない生涯と、信心深い行状を思い出したので、北風に命じて、雲を吹き拂い、空を地上に、地上を空に現わすようにさせました。ポセイドンも息子のトリトンに貝を吹かせて、水に退却を命じました。水はいう通りになりました。そうして海は岸邊に、河は河床へと歸りました。その時デウカリオンはピュラにいいました。『妻よ、ただ一人生きのこった女よ(以下略)』

 この引用文中、太文字で強調した部分に注目すれば、「ギリシア祭文」三 B の次の部分:

l 水を抜けるパルナツソスの山神よ

m 貝の神トリトンよ

n 時の神デウカリオンよ

は書けることになります。
 『ギリシア・ローマ神話』の「パルナッソスだけが水をぬきんでて」の部分を前後の文脈も何も無視して並べ替えて“水を抜けるパルナツソスの山神よ”とし、「トリトンを吹かせて」の部分を前後の文脈も何も無視して並べ替えて“の神トリトンよ”とし、最後の「その時デウカリオンは」の部分を前後の文脈も何も無視して並べ替えて“の神デウカリオンよ”とするなどは、まさに噴飯ものの書き換えといえます。水野氏が疑問を持った「貝の神」や「時の神」はこういうことだったのか、と呆れざるを得ません。

 以上で、和田家文書の「ギリシア祭文」が『ギリシア・ローマ神話』を剽窃したことは明白であって、その逆ではありえないことが明らかになりました。

4.付録の系図から引用

 さて、「ギリシア祭文」三の B の部分は以上の分析でほぼ決着がつきましたが、それに先行する A の部分はどうでしょうか。実はこれもまた岩波『ギリシア・ローマ神話』からの剽窃であることが判明するのです。

 確かに「ギリシア祭文」三の(A)の部分は『ギリシア・ローマ神話』のある個所をもとに書かれたとは思えません。なぜなら(A)の中に現れる神の名「カオス」「ウラノス」「ガイア」「ポントス」のうち「ウラノス」と「ポントス」は『ギリシア・ローマ神話』には出てこないからです。

 ところがです。『ギリシア・ローマ神話』の訳者野上弥生子は、昭和17年6月20日に、『希臘羅馬神話(傳説の時代)』の改訂版『ギリシャ・ローマ神話(傳説の時代)』を刊行し、その際ブルフィンチの原書には無い「ギリシア神話系譜(一)・(二)」を巻末に付録として付けているのです。そしてこの系譜は、昭和28年刊行の『改訂 ギリシア・ローマ神話(附 印度・北欧神話)』上下や、昭和58年刊行の『ギリシア・ローマ神話(附 インド・北欧神話)』にも付いています。そして、このうち『改訂 ギリシア・ローマ神話(附 印度・北欧神話)』の下巻に次のような系譜が載っているのです:

「カオス(混沌)」に始まり、その子「ガイア(地)」と「ウラノス(天)」の夫婦とその子孫の系譜
「ポントス(海)」と「ガイア(地)」の夫婦に始まりるその子孫の系譜

 このように、『ギリシア・ローマ神話』の本文には出てこない「ウラノス」と「ポントス」が出てきています。しかも「祭文」三の(A)に現れる「カオス」「ウラノス」「ガイア」「ポントス」が、「ギリシア祭文」三の(A)の部分にこの系譜の順番で出てくる上、系譜では各々の神の名前の下にその神が何の神かが記されていますが、これらの情報があれば、「ギリシア祭文」三の A の部分:

a 宇宙創造の神カオスよ

b 天空の神ウラノスよ

c 大地を創りしガイアよ

d 海を創りし神ポントスよ

は書くことができるわけです。

5.古田氏の反論

 今までの論証、特に「貝の神トリトン」と「時の神デウカリオン」の謎解きによって、「ギリシア祭文」の三が『ギリシャ・ローマ神話』からの剽窃であって、その逆ではありえないことが明らかにされたので、この「ギリシア祭文」の部分が『ギリシャ・ローマ神話』を読んだ現代人の創作である、従って和田家文書の一つである『丑寅風土記』が偽書であることは証明されたわけですが、それでは冒頭に述べた古田氏の“反証”についてはどうなるのでしょうか。

 古田氏は、『ギリシャ・ローマ神話』の訳者野上弥生子が「右手に『祭文』を持ち、左手にブルフィンチの英文を持っていた。そして『祭文』をもとにして、英文によって校訂(削除)をくわえた。」と仮定し、その根拠として次のような例を挙げたのです(『新・古代学』第一集所収「ギリシア祭文の反証」より引用):

 (D)「ギリシア祭文」
 「とても滅ぶべくギリシアならそれもよし」
 (E)「伝説の時代」(「神話」)
 「とても滅ぶるべきギシシアならば、それもよし。」
 (F)ブルフィンチの英文
 “If Greece must perish we thy will obey,
 上(原文は「右」。横書きに合わせて修正。以下同 ── 引用者)を精視すると、次の事実が判明する。
 〈イ〉 上の「F」の英文から「E」の訳文は“生じ”えない。なぜなら
 “We thy(「あなたの」“神の所有格”)will obey
という英文は、バイブル(聖書)の章句にもとずく訳語であり、直訳すれば、
 「わたしたちはあなた(神 ── ゼウス)の意思に従います。」
となろう。このような重要な、肝心の章句を
 「それもよし。」
の一語で訳すことなど、わたしには到底考えられない。では、何故か。
 「弥生子が、お手本とした(D)の表現を“踏襲”した。」
 この理解なら、可能だ。すなわち、
 「ブルフィンチの英文から、ストレートに弥生子訳は成立できない。」
 これが動かすべからざる「推定」だ。わたしには、そのようにしか考えられないのである。

 また古田氏は次のようにも述べています(同論文より引用):

 本稿終筆後、驚くべき問題に遭遇した。イリヤッド(イリヤス)のギリシャ語原文を詳細に検討したところ、意外にも「孝季訳(『丑寅風土記』の中の「古代ギリシア祭文」第二節)の方が、ギリシア語原文と深く対応している事実が判明した。これに反し、「弥生子訳」(大正二年及び岩波本)は(本稿に論証した通り)「ポープ訳」とは、“似て非”なる側面をもつことが、一段と明確に判明することとなった。

 つまり、野上弥生子の訳は、ブルフィンチの英文の原文からの翻訳ではありえない部分があるので、ギリシャ語原典からの翻訳である孝季による翻訳文をそのまま剽窃したとしか考えられない、というのです。

 これは本当でしょうか。ここから田村氏の徹底的な確認作業が始まります。

6.A・ポープの“超訳”

 「ギリシア祭文」第二の部分を再び引用します:

天と空と地の主よ
おお王よおお父よ 我が卑しき祈祷を聴き給へ
この雲を散じて 天なる光を返し給へ
物見るを得さしめ給はばアイアスの願ひは足れり
とても滅ぶるべくギリシアならばや それもよし
さあれ 天日の前にこそ滅ぼしめ給へ

 これに対応する『ギリシャ・ローマ神話』の部分は次のものです:

 ・・・・地と空の主よ。
 おお王よ。おお父よ。わが卑しき祈祷を聴き給え。
 この雲を散じて、天なる光を返し給え。
 物見るを得しめ給わば、アイアスの願いは足れり。
 とても滅ぶべきギリシアならば、それもよし。
 さあれ天日の前にてこそ滅びさせ給え。

 これはブルフィンチの原書では、A・ポープの詩を引用している箇所に当たります。そして、そのA・ポープの詩というのは、以下の通りです:

 … Lord of earth and air!
 O king! O father! hear my humble prayer!
 Dispel this cloud, the light of heaven restore;
 Give me to see and Ajax asks no more;
 If Greece must perish we thy will obey,
 But let us perish in the face of day.

 この英文と上記の2つの日本語文を比較すると、古田氏が取り上げた“we thy will obey”と「それもよし」の部分と、固有名詞の「アイアス」が英文では英語名の“Ajax”になっている点を除けば、後者2つは、いずれもほとんど忠実な翻訳になっています。
 それでは、このA・ポープの詩の部分、すなわち『イーリアス』の原文第17巻645〜648行の部分のギリシャ語原文はどうなっているのでしょうか。はたして上記のA・ポープによる英訳はギリシャ語原文の忠実な翻訳になっているのかどうか、そこが議論の要になります。
 「ギリシア祭文」第二の部分のギリシャ語原文は次のとおりです(実際はアクセント記号が色々付くのですが、それらは省略します)。

 Ζευ πατερ αλλα συ ρυσαι υπ ηεροσ υιασ Αχαιων,
 ποιησον δ'αιθρην, δοσ δ'οφθαλμοισιν ιδεσθαι.
 εν δε φαει και ολεσσον, επει νυ τοι ευαδεν ουτωσ.

 実は田村さんは「筆写はギリシャ語を解さないので」と謙遜されていて、自ら逐語訳を示さず、A・ポープ以外の訳者による訳と日本人呉茂一氏による訳を参照しているのですが、念のため私も古代ギリシャ語辞典で各単語の意味を調べておきました。
 まず Ζευ は「ゼウス」、πατερ は「父」、αλλα は逆説の接続詞、συ は「あなた」、ρυσαι は「救う」、υπ は前置詞「から」、ηεροσ は「暗闇」、υιασ は「息子たち」、Αχαιων は「アカイア(=ギリシャ)の」、ποιησον は動詞「〜にする」、αιθρην は「青空」、δοσ は「与える」の命令形、οφθαλμοισιν は「視界」、ιδεσθαι は動詞「見る」の活用形、εν は英語の「 in 」、φαει は「光」、και は英語の「 and 」、ολεσσον は「破壊する」、επει は「なぜなら」、νυ は「今」、τοι は「あなたを」、ευαδεν は「喜ばす」、ουτωσ は「このこと(この場合は我々を破壊するという行為を指す)」、をそれぞれ意味します。

 さて、まずA・Tマリーによる英訳を紹介しましょう:

 Father Zeus, deliver thou from the darkness the sons of the Achaeans,
 and make clear sky, and grant us to see with our eyes.
 In the light do thou e'en slay us, seeing such is thy good pleasure.

 次はR・ラティモーによる英訳です:

 Father Zeus, draw free from the mist the sons of the Achaians,
 make bright the air, and give sight back to our eyes;
 in shining daylight destroy us, if to destroy us be now your pleasure.

 最後は呉茂一氏による日本語訳です:

 ゼウス父神(おやがみ)、どうかこの霧(もや)の下(もと)から アカイア軍の息子らどもを救い出したうえ、
 空を霽(は)らして下さいまし、私らの眼が見えますよう。
 せめては、光の中で(殺して下さい)、そう神意(みこころ)にお決めでしたら。

 以上を見比べると、これらの訳は、ギリシャ語の原文にかなり忠実な訳になっていることがわかります。

 さて、問題は、A・ポープの訳(従ってそれの日本語訳である上の弥生子の訳):

 ・・・・地と空の主よ。
 おお王よ。おお父よ。わが卑しき祈祷を聴き給え。
 この雲を散じて、天なる光を返し給え。
 物見るを得しめ給わば、アイアスの願いは足れり。
 とても滅ぶべきギリシアならば、それもよし。
 さあれ天日の前にてこそ滅びさせ給え。

と、上の呉茂一氏によるギリシャ語から直接の忠実な訳の間にかなり大きな違いがあることです。野上氏も呉氏もそれぞれもとの英文あるいはギリシャ語文を忠実に訳していますから、この大きな違いが生じた犯人はA・ポープということになります。

 実際、A・ポープによる英訳:

 … Lord of earth and air!
 O king! O father! hear my humble prayer!
 Dispel this cloud, the light of heaven restore;
 Give me to see and Ajax asks no more;
 If Greece must perish we thy will obey,
 But let us perish in the face of day.

は、A・Tマリーによる忠実な訳:

 Father Zeus, deliver thou from the darkness the sons of the Achaeans,
 and make clear sky, and grant us to see with our eyes.
 In the light do thou e'en slay us, seeing such is thy good pleasure.

に比べてあまりにもかけ離れています。例えば固有名詞を見ても、ZeusArchaeans という重要な語を捨てて、逆に原文に無い Ajax の名を登場させています。

 つまり、古田氏は野上弥生子の訳を「わたしには到底考えられない」と評しましたが、A・ポープは、それどころではない、トンでもないほどの飛躍した翻訳を行っていたというわけです。

 さて、このように調査してみると、古田氏の論文に書かれていた次の主張:

 イリヤッド(イリヤス)のギリシャ語原文を詳細に検討したところ、意外にも「孝季訳(『丑寅風土記』の中の「古代ギリシア祭文」第二節)の方が、ギリシア語原文と深く対応している事実が判明した。

は“事実”として全くの誤りであったことがわかります。
 更に、古田氏が問題にした「とても滅ぶべきギシシアならば、それもよし。」の部分を見てみましょう。
 ここは、もとのギリシャ語原文では

 επει νυ τοι ευαδεν ουτωσ

の部分ですが、これを直訳すれば、は「なぜなら」、νυ は「今」、τοι は「あなたを」、ευαδεν は「喜ばす」、ουτωσ は「このこと(この場合は我々を破壊するという行為を指す)」、をそれぞれ意味しますから、

 なぜなら、このこと(=我々を破壊するという行為)は、今あなた(=神)を喜ばせるから。

という意味になります。
 つまり、古田氏が言うように、もし野上弥生子の訳「とても滅ぶべきギシシアならば、それもよし。」、あるいは「ギリシア祭文」の「とても滅ぶべくギリシアならそれもよし」がブルフィンチの英文“If Greece must perish we thy will obey,”からの翻訳としては“到底考えられない”のであれば、それ以上にギリシャ語原文“επει νυ τοι ευαδεν ουτωσ”からの翻訳としても“到底考えられない”ことになるのです。
 つまり、野上弥生子がブルフィンチの英文からの訳ではありえないというのならば、ギリシャの古老から聞いて孝季が書き留めたという「ギリシア祭文」もまたギリシャ語の原典からの訳ではありえないのです(もちろんA・ポープの英訳からの訳でもありえないことになるのは言うまでもありません)。古田氏の想定はもろくも崩れ去ったわけです。

7.日常茶飯事な詩の“超訳”

 以上のようなわけで、古田氏の偽書説批判は、肝心の事実認識の点で誤っていたわけですから、これで議論は終了としてもよいのですが、それでは野上弥生子の訳「とても滅ぶべきギシシアならば、それもよし。」の部分がブルフィンチの英文“If Greece must perish we thy will obey,”からの翻訳としては“到底考えられない”という点についてはどうなるのでしょう。
 これは既に分析したように、野上弥生子が訳した英文のギリシャ語からの訳者であるA・ポープの方がはるかに大胆な意訳を実際にしていたのですから、このような翻訳は“到底考えられない”なんてことはなく、何ら不思議でもなんでもないことなのですが、実際に野上弥生子自身も古田氏の言う“到底考えられない”意訳を実際に行っているのです。

 例えば、『ギリシア・ローマ神話』の第30章で、ブルフィンチがクーパーの英訳詩:

 … Then threw Telemachus
 His arms around his father's neck and wept.
 Desire intense of lamentation seized.
 On both; soft murmurs uttering, each indulged
 His grief

を引用しているのですが、この部分を野上弥生子は次のように訳しています:

 テレマコスは
 父の頚(うなじ)を抱きて泣きぬ。
 かたみにただ
 烈しき哀傷の思いなり。

 ところがこの同じ部分を大久保博は、

 テーレマコスは
 父親の首に抱きつき、そして泣いた。
 無性に泣きたい気持ちが二人をとらえた
 やさしい言葉を交わしながら、二人は思いきり
 涙にくれたのだ・・・・

と原英文に忠実に訳しています。これに対して野上弥生子は、「無性に泣きたい気持ちが二人をとらえた。やさしい言葉を交わしながら、二人は思いきり涙にくれたのだ」という内容の箇所を「かたみにただ烈しき哀傷の思いなり」とかなり圧縮して翻訳しているわけです。これも「それもよし」以上の飛躍と言えるのではないでしょうか。

 田村氏は、更に別の例を挙げます。野上弥生子は、昭和4年9月に呉茂一から『ギリシャの Anthology』を借り、その中から5つの詩を訳し、新墾里子のペンネームで『女人藝術』誌に次の詩を発表しています:

       ストラト

 たそがれ、別かれんとしてモエリスくちつけたり
 うつつか夢か、しらず
 言の葉はこゝろにあり
 くちつけはさだかならず
 くちつけまことならば、天翔けりたるわれこの地にあるべしや。

 この詩の原文は次の通りです:

 At evening, at the hour when we say good-night, Moeris kissed me, I know not whether really or in a dream; for very clearly I now have the rest in mind, all she said to me, and all that she asked me of; but whether she has kissed me too, I am still to seek; for if it is true, how, once thus rapt to heaven, do I go to and fro upon earth?

 これらを比較すると、“for very clearly I now have the rest in mind, all she said to me, and all that she asked me of”という長いフレーズを「言の葉はこゝろにあり」の一言で訳してしまっています。
 これは“we thy will obey,”を「それもよし」と訳す以上の飛躍ではないでしょうか。
 要は、詩の翻訳と言うのは、当の野上弥生子の場合に限って見ても、かくも飛躍が当たり前の世界である、ということなのです。

 次に、A・ポープがなぜこのような飛躍した意訳を行ったかについてコメントしておきましょう。
 田村氏によれば、その理由は、ポープがいわゆる「ヒロイック・カプレット(英雄詩体二行連句」、すなわち詩の一行に弱強の詩脚を五つ配し、かつ二行ずつ韻を踏むように行末に同じ音で強勢のある母音を持ってくる、という制約に従って訳したためであると推定しています。確かにA・ポープの英訳:

 … Lord of earth and air!
 O king! O father! hear my humble prayer!
 Dispel this cloud, the light of heaven restore;
 Give me to see and Ajax asks no more;
 If Greece must perish we thy will obey,
 But let us perish in the face of day.

の1行目末尾の“air”と2行目末尾“-ayer”は同音であり、3行目末尾“-ore”と4行目末尾“-ore”も同音であり、5行目末尾“-ey”と6行目末尾“-ay”も同音になっています。つまり形式を優先するために忠実さを犠牲にしたものと考えられるわけです。

8.固有名詞の日本語訳をめぐる論証

 また、今までの調査によって、もし孝季がギリシャの古老から話を聞いたとすれば、それはポープの訳詩の形で聞いたはずになるわけですが、その場合疑問となるのがポープ訳詩の4行目に出てくる人名 Ajax です。これは野上弥生子訳でもギリシア祭文でも「アイアス」として現れているわけですが、Ajax はこの英語名で「エイジャックス」と発音されます。
 従ってもし孝季がギリシャの古老から聞いたものを記録していたなら「アイアス」ではなく「エイジャックス」と書いたはずです。
 これに対し、「いや、孝季は固有名詞については、英語で聞いたものも、もとのギリシャ語の発音に置き換えて記したのだろう。実際、祭文一や祭文三でもそうしているではないか」という反論があるかもしれませんが、実は古代ギリシャ語をカナで表記する方法は現代でも一定していないくらいなのです。
 例えば祭文三に「オリユンポス」の名があり、これは野上弥生子の「オリュンポス」と(ユが小文字であるという違いを除いて)一致していますが、大久保訳では「オリュムポス」、呉訳では「オリュンポス」となっています。
 また、祭文三と弥生子訳で共通の「ウラノス」は呉訳では「ウーラノス」、祭文三と弥生子訳で共通の「プロメテウス」は大久保訳と呉訳では「プロメーテウス」、祭文三と弥生子訳で共通の「エピメテウス」は大久保訳と呉訳では「エピメーテウス」、祭文三と弥生子訳で共通の「トリトン」は大久保訳と呉訳では「トリートーン」となっており、ギリシャ語本来の発音としては、大久保訳、呉訳の方が原音に近いのです。

 それでも長音の有無は趣味の問題と考えれば長音を使わないからと言って原音に忠実でないとは言えないのではないか、という反論があるかもしれません。
 ところが、この「ギリシャ祭文」に出てくる固有名詞のカナ表記問題を追及すると、古田氏の想定を覆す事実がまた一つ判明するのです。

 実は、野上弥生子が昭和2年に最初に刊行した『希臘羅馬神話』では、固有名詞をブルフィンチの英文そのままに、英語読みのカナ表記で書いていたのです。それを昭和17年版の『ギリシア・ローマ神話』では英語読みを一斉にギリシャ語読みのカナ表記に変更しています。そのときの事情を野上弥生子は次のように記しています:

 この譯書を岩波文庫の一として刊行してから十五年程になるが、今度機を得て三度目の改譯を行つた。この三度目の改譯が今までのものと異なるのは、固有名詞の讀み方をなるたけその神話傳説の發生した國のことばに直した點である。この著者は英語を讀み、話す讀者層を目標として英語で書いたのだから、私は最初は英語流の讀み方に據つた。しかし、それは三十年の昔のことである。現在の進歩した私たちの讀書界に於いては、ギリシアの神話はギリシア語で、ローマの神話はラテン語で十分に讀み取る習慣ができてゐるし、アシーニと發音するよりはするよりアテネと云つた方が親しみ易く、ヂェイナスよりヤヌスの方がわかりがよい。今後ますます知的な教養を増さしめるためにも、原音を正しく用いることが必要だと思はれるから、多少耳遠く感じられるものもあるか知れないが、この機會に出來るだけ統一することにした。

 すなわち、『ギリシア・ローマ神話』では固有名詞はもともと英語読みで書かれていたのです。それが改訂時に固有名詞を一斉にギリシャ語読みに変えたとき、ギリシャ語読みのカナ表記は前出のように一定していないのに、なぜか和田家文書の「ギリシア祭文」の固有名詞と全く同一の形に一致してしまった、というのはいかにも不自然です。
 これに対して「いや、野上弥生子がギリシア祭文に出てくる固有名詞は表記をそろえたのだろう」という反論があるかもしれませんが、そうは問屋が下ろさないのです。

 実は野上弥生子が英語読みをギリシャ語読みに改訂したのは一回だけではありません。昭和17年の改訂のあと、昭和28年にも『改訂 ギリシャ・ローマ神話』を出していて、このとき殆どの固有名詞はカナ表記をそのまま踏襲したのですが、一部の固有名詞は表記を変えています。
 例えばゼウスは、昭和2年版で「ヂュピター」、昭和17年版で「ズェウス」、そして昭和28年版で「ギリシア祭文」と同じ「ゼウス」と表記を変えています。
 またオリュンポスは、昭和2年版で「オリンパス」、昭和17年版で「オリンプス」、そして昭和28年版で「ギリシア祭文」と同じ「オリュンポス」と表記を変えています。
 つまり、もし野上弥生子が英語読みをギリシャ語読みに変更する際「ギリシヤ祭文」の表記を踏襲するつもりなら、昭和17年度版でそうしていなければならないのに、その後の改定で一致しているという全く不可解な現象が生じていることになるのです。
 何の事はない。実際は「ギリシア祭文」の作者の方が野上弥生子の昭和28年度版以降を見てそのまま引き写しただけのことだったと考えれば謎は一切氷解するのです。

9.祭文(一)は天明年間に書けるはずがなかった

 さて、ブルフィンチの原作全体を見たとき、そこには200前後の詩が各所に挿入されているのですが、野上弥生子の翻訳においては、それらの詩の殆どを訳していません。そんな中で例外的に訳しているのが、件の「ギリシア祭文」一と二に酷似した二つの詩なのです。
 古田氏は、この“不可解さ”も、弥生子が「ギリシア祭文」を右手に持ってブルフィンチの原文を訳したとする論拠の一つにしているのです:

 原作には「一九八個」(数え方で若干差はあるが二〇〇個前後)の「叙情詩」もしくは「叙事詩」が各節ごとにあげられている。いいかえれば、弥生子の訳した「ストーリー部分」は、これらの「詩」の“解説”的役割をになっているのである。
 しかし、弥生子訳では、これらの「詩」のほとんどすべてが「カット」されている。その上、そのような
 「原作──訳者」
の間に一大変更の存在する旨の「ことわり書き」もまた、一切存在しないのである。
 そのような、一種“不可解”な状況の中の、いわば「稀な例外」、それが今、本稿で扱っている「詩」なのであった。

 そして、古田氏は、弥生子が原作の殆どの詩を訳出しなかった理由を、当時の弥生子にとって、西洋の大詩人たちの詩を訳すことが「困難事に属した」ためであろうと推定しました。つまり、これらの詩を訳すのは難しいと思っていたところへ、「ギリッシア祭文」を見たら、ブルフィンチの原作中の2個の詩がたまたま訳した詩が載っていたので、これ幸いと、この翻訳をそっくり拝借したのだ、とでも考えているのだと思われます。
 これは本当でしょうか?

 さて、「ギリシア祭文」の第一と第二に対応する弥生子の二つの「訳詩」ですが、この二つの「詩」は同列には扱えないのです。
 というのは、ブルフィンチが『ギリシア・ローマ神話』の中で引用している二百前後の詩はすべて引用符が付され、しかもイタリック体で印刷されています。例えば「地と空の主よ」で始まる「ギリシア祭文」二に対応するポープの詩が引用されている箇所の前後は、原文では次のようになっています:

It was then he exclaimed in those famous lines so often quoted,

 "Father of heaven and earth! deliver thou
  Achaia's host from darkness; clear the skies;
  Give day; and, since thy sovereign will is such,
  Destruction with it; but, O, give us day.
"

                        Cowper

Or, as rendered by Pope,

 "...Lord of earth and air!
  O king! O father! hear my humble prayer!
  Dispel this cloud, the light of heaven restore;
  Give me to see and Ajax asks no more;
  If Greece must perish we thy will obey,
  But let us perish in the face of day.
"

Jupiter heard the prayer and dispersed the clouds. Then Ajax sent Antilochus to Achilles with the intelligence of Patroclus's death, and of the conflict raging for his remains

 そして、この引用箇所中、最初に引用されている詩がウィリアム・クーパーの詩で、2番目がアレキサンダー・ポープの詩です。どちらもオリジナルは、ギリシャ語の『イリアス』の中の同一原文の訳詩になっています。

 さて、問題は、「ギリシア祭文」一に対応する「詩」の方なのです。

 もったいぶるようですが、「ギリシア祭文」一に行く前に、「ギリシア祭文」二に対応する詩を、なぜ弥生子が二百近く参照されている詩の中から例外的に訳したのかについて解説しておきましょう。
 この詩を物語の中に位置付けてみると、この詩は第27章『イリアス』と題する章の中で、物語全体と有機的に結びついているのです。この章で、ブルフィンチは、ホーマーの『イリアッド』の概要を述べています。それによれば、アキレウスの友人パトロクロスがトロイアの総大将ヘクトルに殺されたとき、ギリシア側のアイアスはこれをアキレウスに知らせようとしますが、自分の周囲に使者として使えるような者が見当たらず、そのとき突然黒雲が空一面を覆い、その暗闇の中で、焦燥に駆られたアイアスは、神に向かってこの黒雲を散らしてくれるように祈ります。その祈りの言葉が、先に引用したクーパーとポープ両者の訳詩なのです。
 ブルフィンチは、この二つの訳詩を引用する前に、「よく引かれる名高い詩句の中の彼の叫びはこの時のことでありました。」と述べ、引用後に「ゼウスはその祈祷を聴いて雲を散らしました。」と述べています。従って、物語の流れから言っても、アイアスのこの「名高い」祈祷の内容を省略することはできません。弥生子がこのクーパーとポープの英訳詩を訳出したのはこうした理由からであろうと思われるのです。

 さて、いよいよ「ギリシア祭文」一に対応する部分の英文を、その前後と共に引用しておきましょう:

 The choristers, clad in black, bore in their fleshness hands torches blazing with a pitchy flame. Their cheeks were bloodless, and in place of hair writhing and swelling serpants curled around their brows. Forming a circle, these awful beings sang their hymns, rending the hearts of the guilty, and enchaining all their faculties. It rose and swelled, overpowering the sound of the instruments, stealing the judgment, palsying the heart, curdling the blood.
 "Happy the man who keeps his heart pure from guilt and crime! Him we avengers touch not; he treads the path of life secure from us. But woe! woe! to him who has done the deed of secret murder. We, the fearful family of Night, fasten ourselves upon his whole being. Thinks he by flight to escape us? We fly still faster in pursuit, twine our snakes around his feet, and bring him to the ground. Unwearied we pursue; no pity checks our course; still on and on, to the end of life, we give him no peace nor rest." Thus the Eumenides sang, and moved in solemn cadence, while stillness like the stillness of death sat over the whole assembly as if in the presence of superhuman beings; and then in solemn march completing the circuit of the theatre, they passed out at the back of the stage.

 上記引用文中の引用符“”の中が「ギリシア祭文」一に対応する部分です。念のため、弥生子によるその部分の訳と、対応する「ギリシア祭文」一を再度引用しておきましょう:

『ギリシャ・ローマ神話』

 心清らに罪なくとがなき人は幸いなる哉。
 さる人にはわれ等復讐はえふれじ。
 安らかに生命の道を行くべし。
 さあれ竊かなる虐殺をなせし者にこそ禍あれ。
 われ等「夜」のおそろしき眷族はその全身をつかまん。
 飛べばとてのがれ得べきや。
 追うにこそいよよ速きわれ等なれ。
 蛇はその足にからみて地に倒すべし。
 追うて疲れず、憐れみの止むるものなし。
 たえず生命の果まで、平和をも休みをも得こそやらじ。


「ギリシア祭文」一

 心清らかに罪無く料無く人の世を渡るは幸なる哉
 さる人の胸を刺す復讐はえふれじ
 安らけく生命の道を行べし
 さあれ窃かになる虐殺をなせし者にこそ禍あれ
 我等夜の怖しき眷族はその全身を掴まん
 飛べばとて脱がれ得べきや
 追ふにこそいよいよ速き我等なれ
 蛇はその足にからみて地に倒すべし
 追ふて渡れず憐れみて止むるものなし
 絶ず生命の果てまで泰平を休みをも得こそやらじ云々

 さて、先の英文で、引用符で囲った部分は、第25章「史上の詩人」の中で紹介されている詩人の一人である「イピュコス」の物語の中に出てくるものです。すぐれた詩人イピュコスは、コリントスで催される歌の祭典に参加すべく出掛けていくのですが、途中、森にさしかかったところで二人の盗賊に殺されてしまいます。間もなく彼の切り苛まれた遺体が発見され、祭典に集まった人々は、その知らせを聞くと、驚きかつ嘆き、そんな中で、復讐の女神に扮装した合唱隊が真っ黒な衣装に身を包んで劇場に登場し、罪を犯したものは自分たち復讐の女神から決して逃れられないのだ、という内容の歌を荘厳な調子で歌い始めます。その歌が、今問題になっている、「ギリシア祭文」一に対応する「詩」です。そして、原文でも既に擬古調の英文になっていますが、弥生子は復讐の女神が荘厳な調子で歌う歌を訳すには、韻文調がふさわしいと考えたのだと思われます。そして、この歌は、この物語の一部を成すもので、これを訳出しなければ話が通じなくなってしまうので省略できなかったのです。

 さて、重要なこと、それは、この「詩」が他の二百近く参照してある詩とは違って、ある詩人の詩の引用ではなく、実はブルフィンチ自身の地の文章である、ということです。
 ところで、ブルフィンチが『ギリシア・ローマ神話』、原題で正確にいうと『伝説の時代』を刊行したのは1855年のことなのです!
 もし「古代ギリシア祭文」が古田氏の主張する通りであるとすれば、ギリシャの古老は、天明年間(1781〜1788)に、どのようにして60年後に刊行されることになる『伝説の時代』の一節を孝季に伝えることができたのでしょうか?タイムマシンでも使ったミステリーとしか考えられないではありませんか。

 以上の理由により、「古代ギリシア祭文」は、野上弥生子訳『改訂 ギリシア・ローマ神話(附 印度・北欧神話)』の一部を剽窃したものであると断ぜざるをえないわけです。