2005.8.29ー9.7 パリ・リエージュ
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12:さよならが近づいてきた さて、長いようで短い滞在期間はあっというまに過ぎて行き、 リエージュで過ごす最後の日はスーパーでお土産買い。 友人が現地でお世話になっている先生のおススメに従って、 (先生には郊外のテキスタイル展に連れて行って頂いたりしました) 「Galler」のチョコレート・バー(フレーバーの種類がハンパではなく、あれもこれもと ほぼ全種類、山ほど買いました!)とトラピストビール2種を買いました。 帰国後、チョコレートは誰にあげても喜ばれ、味にうるさい友人にも好評でした。 自分用には「marie claire idee」を。(この雑誌、何故か日本版は一号しか出なかったんですよね…) 他にはオランダ資本の大手日用品店「HEMA」の影絵風の可愛いシールとか 綺麗な色のシェルボタンなんかをお土産に買いました。
いつも食事がめちゃくちゃ、というか、 昼ご飯をちゃんと食べたら夜ご飯はパンをかじるくらい という生活をしていた私たちでしたが、 「最後の晩餐」は友人がばっちり用意してくれた(私たちにしては)豪華な食事。 最後まで美味しいものを食べられて、大きなトラブルに見舞われることもなく 楽しい旅でした
…と言いたいところですが、実はこの後、この旅最大のトラブルが待ち受けていたのです。
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4.
リエージュ〜成田 |
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13:最後の最後で リエージュを離れる日、飛行機の関係もあって朝早い出発であったことから 徹夜しました。なにしろ、その列車に乗り損ねると間に合わなくなってしまうので。 まだ暗い中、数日間お世話になった友人のアパートを出て駅へ。 私に付き合わされて徹夜した(笑)友人は駅で見送ってくれました。 ここからは、本当の意味での一人旅です。 ブリュッセルについたら券売所でパリ行きの切符を買わなければいけません。 フランス語がさっぱり分からない私の為に友人が書いてくれたメモを握り締め、 列車の席につきました。 目の前の席に座った大きなリュックの女の子も海外からリエージュに来ているようで 彼氏らしき男の子が駅まで見送りに来ていました。
海外の列車で居眠りするなんて以ての外、というのは たぶん海外旅行の鉄則だと思いますし、 実際(荷物を持っている時は特に)危険なのですが 神経が太いというかなんというか、途中何度となくウトウト…。 さすがに予定所要時間近くになってくると眠気も飛びましたが 今度は紛らわしい駅があるので、逃さないようにソワソワ(笑)。 目の前の女の子に確認して(英語が話せる人で良かった…)目的駅で降りました。 ブリュッセルの駅では券売所のシステムに (というより表示されている英語表記を完璧には読めない語学力に) どきどきしつつも無事に窓口のおじさんから切符を購入し、 シャルル・ド・ゴール空港行きのタリスに乗り込みました。 そして、またしてもいつの間にか居眠りする私。 今度は気付いたら既に空港駅に着いていて、危うく乗り過ごすところでした。 (これまた隣に座っていたインド人家族が英語の分かる人で良かった…) やはり徹夜はダメですね。 それにしても我ながら緊張感の無い奴です。
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14:最後の最後で 2 シャルル・ド・ゴール空港は人でごった返しており、 カウンターでチケットを受け取るまでに随分待たされました。 行き同様、スキポール空港経由だったのですが 同じルートで日本に帰る人が多いらしく、日本人もたくさん居ました。 で、やっとチケットを受け取り、搭乗ゲートの中に入ろうとしたら… 検査官に荷物を開けられました。 どうやらX線検査で映った金属の塊(その実、猫型の栓抜き(笑))が原因だったようです。 べつに怪しいものを持っている訳ではないので気にすることは無いのですが、 初体験な上に、ここは一人旅。ちょっと冷や汗でした。 〜〜〜〜じつはね、引っかかったは良いけど(良くないけど)検査官のオジサン、 厳重に包まれていた猫型の栓抜きは取り出して検査しなかったんです。 (というかX線映像で映った金属の固まりがどれなのか分からなかった模様) 適当にトランクの中を引っ掻き回しただけで終了。 あんなで良いのですかね?検査(苦笑)。〜〜〜〜 もしかしたらこれも、後に続くトラブルの前触れだったのかもしれません。 勿論そんなことを知る由もない私はその後、お土産屋さんや 搭乗ゲートの中にまで進出している「Paul」などをぼんやり見ながら搭乗時刻を待っていました。 ところが、乗る予定の飛行機は搭乗開始予定時刻になっても到着せず まわりで待っている乗客たちも段々ざわついてきました。 私も乗り継ぎの飛行機に間に合わなかったらマズイなーと思いつつ 話しかけてきた日本人のおじさんと喋っていました。 しばらくして、その飛行機は前の空港での整備に手間取ったのでoo分遅れる、との アナウンスが流れましたが、時間的には乗り継ぎに間に合いそうで一安心。 予定よりは早く飛行機が到着し、ようやく搭乗手続きが始まりました。 そして私の番がきて、先程渡されたチケットとパスポートを 係員の女性に渡した、までは良かったのですが。
なんとその係員、必要なチケットが足りないというではありませんか。 そんなこと言われても私がさっき渡されたチケットはそれだけ、と 拙い英語で訴えても、渡されたはずだと彼女は主張します。 そもそも、そのチケットでゲートを通っているのだから足りない筈は無いのですが 私の貧困極まりないボキャブラリーでは事細かに訴えることは出来ず…。 挙げ句の果てに「チケットが足りなければ、あなたにはここ(=空港)に 残ってもらうしかない」と言われ、さすがに頭が真っ白に。 私も一緒に探すから、と係員に促され、私は仕方なくバッグの中を探し始めました。 気分はもう、「助けてドラえもん!」ならぬ「助けて◯◯(友人の名)!」です。 |
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15:最後の最後で 3 しまった覚えも無いのだからあるわけも無いのに 冷や汗かきながらバッグの中をごそごそ探しまくっている…と、 件の係員が突然「もう探さなくて大丈夫」と言うではありませんか。 「??」という顔をすると、なんと「このチケットで搭乗出来る」とのこと。 そう、チケットが足らないというのは、たんにその係員の方の勘違いだったという… さすがのフランス人も少しばかり申し訳なさそう顔をしています。 ここは文句のひとつも言ってやりたいところですが 語学がサッパリな身としては、ムッとした顔で「…OK」と言うのがせいぜいでした。 と言いますか、ムッとしたの半分、最悪の事態を回避出来てホッとしたの半分 というのが正直なところだったのです。
そんなこんなで無事に(?)、シャルル・ド・ゴール空港を飛び立った私は スキポール空港で慌ただしく成田行きの飛行機に乗り継ぎ、 また長いフライト時間中、今度はずっと書類と睨めっこしながら帰国したのでした。 (行きと違って、機体が最新のものじゃなかったのは残念!) |
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16:エピローグ代わりに その後、到着した成田でも特に問題はなく、私は無事に帰国しました。
ところで、今回行ったベルギーのはなしを少し。 私は旅行に行く事が決まるまで、ベルギーはフランス語圏の国だとばかり 思っていたのですが、じつは違うんですね。 大雑把に言ってしまうと南半分がフランス語、 北半分はフランデレン語というオランダ語系のベルギー独自の言葉を使う人々が 暮らしていて、それぞれ気質や雰囲気なども全く違うそうです。 私が訪れたのは南側のフランス語圏、ワロン地方と呼ばれるところです。 旅行記の中でも触れましたが、食べ物がとても美味しく 古い建築物もたくさん残っていました。 歴史的・地理的背景(フランスやドイツなどの大国に挟まれています)もあってか 暮らす人々はおおらかで、どことなくのんびりとしています。 隣国のフランスに比べると、日本から訪れる観光客は 少ないのだろうと思いますが、素敵なところなので是非訪れてみて下さい! あ、でもパリやロンドンのような大都市がお好きな方には やや物足りないかもしれませんが(笑)。 |
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